
私たちが「自分でもどうしようもない感情」に飲みこまれるとき、
それは弱さでも、間違いでもありません。
それは、魂の奥で長く封じられてきた「声なき叫び」が、
ようやく姿をあらわした瞬間なのです。
怒り、嫉妬、過剰な心配、被害者のような感覚——
それらはすべて、抑圧された生命の熱。
それをここでは、「ヒステリー」ではなく、
抑圧された女性性の震え(the trembling of the feminine)
と呼びたいと思います。
今、この感情に悩むあなたは、
もしかしたら「自分の母」や「祖母」の
未完の感情を、代わりに生きているのかもしれません。
彼女たちは時代の中で、「我慢こそが美徳」と教えられ、
怒りも欲望も、涙さえも飲み込んできました。
声を上げることも、望むことも、愛されたいと願うことさえ、許されなかった女性たち。
あなたの中であふれる「どうしようもない衝動」は、実はその無言の継承なのです。
彼女たちが語れなかった言葉を、あなたが今、身体を通して表現しているのです。
だから、あなたが感情に飲まれることは、恥でも、失敗でもありません。
それは、家系の中で最初に感情を癒す役目を担った人としての選ばれしサイン。
あなたの涙が流れるとき、祖母たちの涙も、共に流れています。
あなたの怒りが燃えるとき、母たちが凍らせた情熱が、溶けていきます。
感情は、あなた個人のものではなく、代々受け継がれてきた命の言語なのです。

「落ち着こう」として押さえつけるよりも、まずは、呼吸を許すこと。
息をするたびに、胸に溜まった歴代の沈黙が、少しずつ解けていきます。
涙を流していい。
声を出していい。
身体を震わせてもいい。
あなたがその感情を生きて、通過するとき、
母や祖母たちの魂も、一緒に解放されていきます。
抑圧された感情は、壊すためのものではありません。
それは、再生を促すための炎。
それがあるからこそ、
あなたは母であり、女性であり、人間として成長していけるのです。
やがてその炎は、白く透きとおった光へと変わり、
あなたと、あなたの娘、次の世代を包み込む「癒しの火」となっていくでしょう。
あなたが自分の感情を責めず、ただ見つめるとき、
それは、家族の物語を新しく書き換える瞬間です。
あなたの中で揺れる感情は、
祖母たちがあなたを信頼して託した「最後の祈り」です。
それを美しく燃やし、
あなたらしい白鳥の羽へと変わっていく過程が、
あなたの人生の中で、そっと生き続けていきますように。
けれど——
理解しただけでは、
身体はまだ、揺れを手放せないことがあります。
感情は、意味づけられることを望むと同時に、
動かされ、呼吸され、通過されることを求めています。
では、その激しい波が訪れたとき、
私たちは、どこへ向かってそのエネルギーを放てばいいのでしょうか。
次の記事では、
震えあがるほどの感情の波が立ち上がった瞬間に、
それを誰にもぶつけず、自分自身も壊さずに通過するための、
ひとつの在り方について触れていきます。