タイからの学び— 新年のご挨拶とともに —

夜の星

新年あけましておめでとうございます。

本年も皆さんにとって、身も心も軽やかで、
静かな幸福を感じられる一年となりますことを、
心よりお祈り申し上げます。

私は年末から年始にかけて日本を離れ、
タイの山深くにある、特別なお寺のような場所を訪れていました。
そこでは、本質的な「三位一体」を体得するための、
実践と学びの時間をいただいていました。

滞在期間は決して長くはありませんでしたが、
昨年その地を訪れた際に導いてくださった方のもとを、
胸の奥にため込んできた数多くの疑問を携えて、再び訪ねることができました。

そして今回、想像を超えるほど深く、明確な教えを授かる機会に恵まれました。

その指導者の方の教えは、
私がこれまで学び、実践してきた、
ポラリティセラピーやクラニオセイクラルの世界と多くの点で共通していました。

言語の使い方、ものごとの捉え方、プロセスの表現、エネルギーの理解の仕方——
それらが自然につながり、
私の中でとてもはっきりと腑に落ちる部分が多くありました。

また、直接ストーン博士から学ぶことが叶わなかった、
より本質的なエネルギーの動きや、多次元構造についても、
今回の滞在を通して、明確な理解を持って帰ってくることができたと感じています。

長年抱えてきた疑問や使命感、
知らず知らずのうちに内側に溜め込んでいた重荷のようなものが、
ひとつひとつ解けていく体験がありました。

そして不思議なことに、
長年悩まされてきた身体の痛みも、残ることなく消えていきました。

その大きな痛みが一瞬のうちに消えていった瞬間を、
今でも、まるでスローモーションのように思い出すことができます。
そのプロセスは、
まさにポラリティのプロセスそのものと重なっていました。

私はその指導者の方を、
敬意と親しみを込めて Kruba(クルバ)とお呼びしています。

Krubaは、
エネルギーを思うように扱うこと、
目に見える領域を超えた響きや光を感受し、
それらを味方につけていくこと、
そして身体の隅々にまで意識を行き渡らせ、
細胞レベルで変化を起こし、
体調を整えていくことについて教えてくださいました。

しかし同時に、
そうした力をヒーリングやセラピーに生かすためには、
心と身体の置きどころを深くわきまえていなければならない、
ということも繰り返し語られていました。

それらは、
単なるアクションとリアクションの法則に乗せて扱うものではない、ということも。

そして、どのようなことを行うとしても、
クライアントに対して常に問いかけなければならないものがある、
と教えてくださいました。

What is life?
How is life?
How should life be?
How should life be lived?

これらの問いを、決して忘れてはならない、と。

ストーン博士の言葉で言えば、
それはおそらく、
“Right Thinking”
という一言に集約されるのかもしれません。

けれど、この言葉が内包している世界は、
想像以上に深く、広いものだと、
今回の学びを通して、あらためて感じています。

この体験と気づきを、
これからの実践やクラス、そして日々の暮らしの中で、
少しずつ皆さんと分かち合っていけたらと思っています。

蓮の花

25年という時間を振り返って

そして今回の旅を経て、ふと気づいたことがあります。

私は今年で、
ポラリティセラピーをはじめて25年になります。

四半世紀という時間を、
このセラピーとともに歩んできたのだと思うと、
あらためて胸に、静かな感慨が広がります。

多くの知恵や知識を師から授かり、
実践の中で試行錯誤し、開拓し、
そして生徒の皆さんにお伝えする機会を通して、
私自身がどれほど多くのことを学ばせていただいてきたかを思い返していました。

また、クライアントの方々の人生に寄り添いながら、
この地球で生きる一生というものが、
いかに尊く、奇跡に満ちているかを何度も目の当たりにさせていただきました。

そのひとつひとつが、私の中で今も、確かに息づいています。

今回、長年抱えていた身体の痛みが消えたあと、
深い緊張がほどけるような感覚とともに、
これまで歩んできた道を少し距離をもって眺め直す時間が訪れました。

色とりどりの経験、出会い、試練、学び——
それらを静かに抱きしめながら、
これからの自分の人生についても、思いが向かっていきました。

今年、年明け早々に、私は50歳になりました。
人生のちょうど折り返し地点に立っているのだと感じています。

これからは、できることなら、
より新鮮で本質的な大自然とともに、
日本古来の神仏習合の在り方を、
もう一度この日本の土地に息づかせていけたら——
そんな思いを胸に、活動しています。

文化や形式に縛られることなく、より健やかに、より自然に。
祈りと暮らしが分かたれてしまう以前の感覚へと、静かに立ち返っていくこと。

自然への祈りという「交流」を、
特別なものとしてではなく、
日々の暮らしの中に、当たり前のものとして取り戻していくこと。

今の私は、そのことに心を集中させて歩いています。

学びを「つなぐ」ということ

これからも、
ポラリティセラピーの協会を守り、保ち、つないでいくという姿勢に変わりはありません。

ただし、今後は、実際に対面で行うクラスの数が、これまでより少なくなっていく可能性があります。

あらためて、この25年間の学びを振り返ってみたとき、
なぜ自分がこれほど深く、太く学びを受け取ることができたのかを考えました。

その大きな理由のひとつとして、
師匠とともに過ごした膨大な時間そのものが、
かけがえのない資源となっていたことに気づきました。

Gary先生やDamon先生と、
寝食をともにし、日常の時間を分かち合いながら、
個別に伝授していただいた数多くの知識や知恵——

それらは、
クラスという形式を超え、
日常の時間をともに過ごす関係性の中で、
受け取ってきたものだったのだと、今あらためて感じています。

その体験に近いあり方を大切にしながら、
私がこれまで受け取ってきた学びをひとつの「まとめ」として、
自然に囲まれた篠山の古民家道場にて、
短期集中プログラムとして皆さんにお届けすることにいたしました。

多くの方にとっては、
すでに一度、あるいは何度か受講されたことのある内容かもしれません。

それでも、もし、心が動くようでしたら、ぜひ足を運んでみてください。
きっと、これまでとは少し違った角度から深く触れる特別な機会になると思っています。

また、Gary先生とのクラスについても、
今回は日米合同で行い、
今後の継続を前提とせず、
ひとまずひとつの完了形として開催できたらと考えています。

すべてのことには、潮の満ち引きのような自然なリズムがあります。
はじまりと深まり、そして手放しと次への移行——
そのどれもが、必要なタイミングで訪れるものなのだと思います。

皆さんそれぞれの道が、
新鮮で、どのような概念からも解き放たれ、浄化されたきらめきを持ちながら、
ご自身の主体性のもとで、
健やかに、地に足のついたかたちで開かれていくこと。
そしてセラピストとして、
無理なく、長く、喜びをもって活動していかれることを心より願っています。