私たちは人生の中で、
理由もなく不安になったり、孤独を感じたりすることがあります。
そんなとき私たちは、何かを変えようとしたり、解決しようとしたりします。
けれども本当に必要なのは、
「もっと頑張ること」ではなく、自分自身の内側に静かに目を向けることなのかもしれません。
古今東西、多くの人々が、人間の苦しみや癒しについて探究してきました。
その中で、古くから人々の祈りとともに受け継がれてきた存在のひとつが薬師如来です。
薬師如来は、「病を癒す仏さま」として知られています。
薬師如来には、「十二大願(じゅうにたいがん)」と呼ばれる御教えがあります。
十二大願とは、
薬師如来が人々の苦しみを癒し、本来の健やかさと尊厳を取り戻せるようにと立てた十二の誓いです。
そこには病気平癒だけでなく、
孤独、不安、迷い、貧しさ、人とのつながり、生きる意味など、
人間が抱えるさまざまな苦しみに対する深い願いが込められています。
この十二大願を現代の言葉で読むなら、
「いのちが本来の光を取り戻していくための道」として受け取ることができるのではないかと感じています。
そしてその御教えは、
私たちが日々探究している、
ホールディングスペースやニュートラリティ、インナーチャイルドワークやソウルリトリーバルとも、
深いところで響き合っているように思います。
今回は、薬師如来の御教えを手がかりに、
「癒しの場」とは何か、
そして人が本来の自分へ還っていくプロセスについて考えてみたいと思います。

薬師如来は「病を治す仏さま」だけではない
多くの人が薬師如来に抱くイメージは、「病気平癒の仏さま」ではないでしょうか。
けれども薬師如来の十二大願を読んでいくと、その願いは病気だけに向けられているのではないことがわかります。
そこには、
・孤独に苦しむ人
・貧しさに苦しむ人
・生きる方向を見失った人
・恐れや不安の中にいる人
・尊厳を傷つけられた人
への深いまなざしがあります。
つまり薬師如来が癒そうとしているのは、病気だけではなく「いのち全体」なのです。
癒しが起こるための場
私たちがクラスで大切にしているもののひとつに、
「ホールディングスペース」があります。
ホールディングスペースとは、
誰かを変えようとせず、急がせず、判断せず、
その人の内側で起きていることが安全にあらわれるための場を保つことです。
癒しとは、外側から無理に何かを直すことではありません。
本来その人の中にある健やかさや生命力、智慧が、
再びあらわれてくるための空間を整えることでもあります。
そして、そのために欠かせないのが「ニュートラリティ」という姿勢です。
ニュートラリティとは、冷たく距離を置くことではありません。
深い慈悲を持ちながらも、相手の痛みや物語に飲み込まれることなく、
その人自身の治癒力や成長する力を信頼して見守る在り方です。
誰かの苦しみを目の前にすると、私たちはすぐに助けたくなります。
何かを言ってあげたくなったり、正してあげたくなったりすることもあります。
けれども本当の癒しの場では、
「私が治す」のではなく、「その人の中にある治癒の力が動き出す」ことを信頼します。
私はこの姿勢が、薬師如来の光にも通じているように感じています。
薬師如来の光は、責める光ではありません。
隠れていた痛みを暴く光でもありません。
それは、闇の中にいた部分が安心して姿をあらわすことのできる光です。

インナーチャイルドと薬師如来
インナーチャイルドのワークでは、
私たちの内側に残された幼い部分、傷ついたまま時間が止まっている部分に出会っていきます。
その子どもの部分は、必ずしも言葉で語るとは限りません。
身体の緊張、呼吸の浅さ、涙、怒り、眠気、沈黙、
あるいは理由のわからない不安としてあらわれることもあります。
そのとき大切なのは、
その子を説得することでも、すぐに変えようとすることでもありません。
まずは安全な場の中で、
「ここにいてよい」
「感じてよい」
「もう、ひとりではない」
という体験を取り戻していくことです。
薬師如来の十二大願をこの視点から読むと、
苦しみを抱えた存在に対して、
まず光を向け、安心を与え、必要なものを満たし、
本来の道へと導こうとする誓いとして受け取ることができます。
ソウルリトリーバルと再統合の道
また、ソウルリトリーバルのワークでは、
強いショックや喪失、悲しみ、
人間関係の痛みによって置き去りにされたように感じる自分自身の一部を、
やさしく迎えにいきます。
本当は泣きたかった自分。
怒りたかった自分。
守られたかった自分。
愛されたかった自分。
あるいは、生きる力の一部を失ってしまったように感じる自分。
それらを無理に掘り起こすのではなく、
今の自分の中へ少しずつ迎え入れていく。
このプロセスもまた、薬師如来の癒しの道と深く重なります。
薬師如来の十二大願には、
身体の病だけでなく、
心の迷い、生活の不安、孤独、恐れ、尊厳の喪失、
そして生きる方向を見失った魂への深いまなざしがあります。
つまり薬師如来の御教えは、
私たちの中で分断され、置き去りにされてきた部分を、
もう一度光の中へ迎え入れる教えとも言えるのです。

本来の自分へ還る道
現世で抱えている痛み。
家族や先祖から受け継いできた痛み。
自分でも理由のわからない深い悲しみ。
あるいは過去世や魂の記憶として感じられるような痛み。
それらを「悪いもの」として排除するのではなく、
丁寧に見つめ、抱きとめ、癒し、本来の健やかさへ還していく。
その道を、私たちはクラスの中で体験的に学んでいます。
ホールディングスペースは、癒しが起こるための器です。
ニュートラリティは、その器を保つ姿勢です。
インナーチャイルドワークは、内なる子どもを迎えにいく道です。
ソウルリトリーバルは、失われた魂の力を取り戻す実践です。
そして薬師如来の十二大願は、
それらすべてを大きく包む癒しと再生の智慧として、私たちを支えてくれます。
2026年9月からはじまるクラスでは、
薬師如来の十二大願を手がかりにしながら、
祈り、身体感覚、瞑想、内的対話を通して、
現世・過去世・未来世という広い視点から、自分自身との関係を見つめていきます。
それは特別な誰かのためのものではありません。
傷ついたことのある人。
自分を責めてきた人。
人との関係の中で自分を見失ってきた人。
そして、もう一度自分のいのちを信頼したいと願う人。
そのすべての方に開かれた、静かで深い学びの時間です。
薬師如来の十二大願は、
私たちに「別の誰かになること」を求めているのではなく、
本来の自分へ還る道を静かに照らしているように思います。
